外国人の賃貸入居の課題と円滑化へ向けた今後の展望
1.増加する外国人と住環境問題
近年、日本における外国人住民(以下、外国人)は大きく増加しています。コロナ禍で2021年、2022年と減少していた外国人の数は、2023年以降増加に転じ、現在332万3,374人、全人口に占める割合は2.66%に達しています。特に東京都では4.65%と高い割合を示し、半導体工場の建設ラッシュに沸く熊本県では2023年に24.18%もの増加率を記録しました。
この増加傾向は、人手不足を背景とした外国人労働者の需要も相まってさらに進むと予測されています。特定技能制度の拡充計画などの政策的後押しもあり、2030年には外国人労働者数が280〜390万人に達し、全労働者に占める割合が5〜6%前後になると予測されています(日本総研リサーチレポート,2018)
2015年の国勢調査によると、外国人のほぼ半数が賃貸住宅に居住しており、円滑な賃貸住居への入居環境整備は喫緊の課題となっています。特に大都市圏では、物件の確保が困難な状況が発生しており、企業の採用計画にも影響を及ぼしています。
2.政府の取り組み:ガイドラインと制度整備
国土交通省は2000年代より、増加する外国人の賃貸住宅への入居円滑化に向けたガイドラインの研究を進めてきました。その成果として「外国人の民間賃貸住宅入居円滑化ガイドライン」を作成しました。
このガイドラインの特徴は、実務的な使いやすさを重視している点です。日本語を含む14カ国語で提供され、以下のような具体的な内容が含まれています:
入居審査時の必要書類チェックリスト
多言語対応の重要事項説明書
生活ルールの説明資料
トラブル対応事例集
通訳サービスの活用方法
また、自治体レベルでも独自の取り組みが進んでいます。例えば東京都では、外国人向け住宅相談窓口の設置や、不動産事業者向けの多言語対応研修を実施しています。神奈川県では、外国人入居支援機関の認証制度を設け、優良な支援事業者の育成を図っています。
2017年に創設された住宅セーフティネット制度の活用も進んでいます。この制度は、低額所得者、高齢者や障害者などの住宅確保要配慮者の入居を支援するためのもので、要配慮者向けの登録住宅の整備や家賃低廉化補助等の支援が行われています。2023年度までに全国で約3万戸の住宅が登録され、年々増加傾向にあります。この制度を外国人の入居円滑化に利用することも推奨されており、家賃保証会社への支援も行われています。この制度を利用した成功事例として、大阪府の事例が注目されています。同府では、留学生向けの専用物件を確保し、家賃保証会社と連携した入居支援を展開しています。
3.外国人受け入れ時の課題
しかし、現状では依然として課題は山積しています。法務省の調査によると、過去5年間に外国人であることを理由に賃貸住宅等への入居を断られたとの回答が4割弱に上っています。外国人の入居者は、コミュニケーションの不安、文化や生活習慣の違い、家賃滞納といった点で、一般的な入居者よりも信用度が低くリスクが高いと認識される傾向にあるようです。
当社による取引先調査によると、外国人の入居審査時における最大の課題は言語対応の困難さでした。次いで、書類不備、入居ルールの順守の困難、緊急時の連絡の取りづらさなどが課題として挙げられています。
具体的なトラブル事例から、以下のような課題が浮かび上がってきます。
<入居審査時>
在留資格や収入証明の確認が複雑なケースが多く見られます。特に、就労ビザから特定技能への切り替え時期と重なる場合、審査が難しくなります。また、母国での信用情報が活用できないことも、審査を困難にする要因となっています。
<入居中>
生活習慣の違いによるトラブルが目立ちます。例えば、深夜の料理による臭気や騒音、ゴミ分別ルールの不徹底などが挙げられます。これらは文化的な背景の違いに起因することが多く、単なるルール違反として扱うだけでは解決が困難です。
<緊急時>
連絡体制の確保において、母国語でのコミュニケーションが必要な場合、管理会社や不動産会社での対応に限界があります。特に夜間や休日の緊急対応では、言語の壁が深刻な問題となることがあります。
<退去時>
解約通知のタイミングや原状回復費用の説明、残置物の処理などが挙げられます。母国との慣習の違いから、敷金精算のトラブルに発展するケースも少なくありません。
4.企業の取り組み:多言語対応と生活支援
増加する外国人を対象に、各企業も支援サービスへの取り組みを始めています。
外国人専用の家賃保証サービス
外国人向けの家賃保証を手掛けるグローバルトラストネットワークス(GTN)は、従来の保証業務に加え、生活全般のサポートサービスを展開しています。例えば、銀行口座開設のサポートや携帯電話の契約手続き、さらには緊急時の通訳サービスまで、包括的な支援を提供しています。
クレディセゾンは、アジア圏の外国語対応スタッフを増員し、入居時から退去時までの一貫したサポート体制を構築しています。特筆すべきは、在留期限の更新時期に合わせた事前通知サービスや、母国語での家賃支払い督促システムの導入です。これによるトラブルの未然防止を見込んでいます。
ジェイリースは21か国語対応の多言語コールセンターを設置し、24時間365日の通訳サポートを提供しています。さらに、入居前の内見から契約手続き、退去時の立会いまで、一貫した通訳サービスを展開しています。賃貸住宅ガイド動画も5か国語で提供し、日本の賃貸慣習の理解促進に努めています。
旅行大手エイチ・アイ・エス系FintechサービスのHIFは、AIによる独自スコアリング技術で国籍や日本語能力に左右されない外国人向けの与信サービスを提供しています。エイチ・アイ・エスと連携して生活サポートまでの一貫したサービスの実現を目指しています。
外国人向けの物件紹介・供給
物件紹介の面では、不動産・住宅情報サービス「LIFULL HOME'S」は2019年から、外国人の住まい探しや入居を支援する不動産会社の検索サイトを運営しています。人材サービス大手のアデコは、企業の採用した外国人向けに賃貸住宅の紹介サービスを開始しました。
物件供給面では、住友林業が外国人向け賃貸住宅の戦略的リノベーションを進めています。既存の6棟(282戸)の改装では、多言語による入居前案内・生活面のサポート、リモートサービス、入退去手続きの簡素化など、外国人入居者を意識した管理サービスを提供しています。
5.展望:家賃保証会社の果たす役割
日本が1995年に加入した「あらゆる形態の人種差別撤廃に関する国際条約(ICERD)」の観点からも、外国人の賃貸住宅への入居障壁の解消は重要な課題です。この課題解決において、管理会社や不動産オーナーに対して個別に働きかけるには限界があります。そこで家賃保証会社による包括的な役割が期待されています。
現在これらの課題への対応事例として、以下のような取り組みが見られます:
入居前の生活ルールオリエンテーションの実施
多言語対応のAIチャットボットによる24時間相談受付
コミュニティ形成を促進する交流イベントの開催
清掃会社との連携による定期的な住居内点検
通訳付きの退去時立会いサービス
特に多言語対応と生活サポートを実現するコールセンターなどの取り組みは、審査時のみならず、入居中のトラブル対応や督促まで対応することによって、外国人の賃貸物件の信用度をあげることにもつながります。
また技術革新の面からは、AIやブロックチェーンの活用が考えられます。例えば、AIによる自動翻訳システムの導入により、リアルタイムでの多言語コミュニケーションが可能になりつつあります。また、ブロックチェーン技術を活用した契約管理システムにより、透明性の高い取引履歴の管理が期待されます。
さらに業界標準として、外国人向け賃貸住宅の基本契約書やイラスト付きの説明書、オンラインでの契約手続きを可能にするガイドライン、スタッフの教育研修制度などの取り組みが考えられ、行政とも連携して環境整備をすすめていく必要があります。
今後の展望として、以下のような取り組みが求められます:
1.プラットフォームの構築
多言語対応コールセンターの共同利用
標準化された契約書類の整備
トラブル事例のデータベース化
2.新たなサービスの開発
生活支援サービスとの連携
AIを活用した与信審査の高度化
ブロックチェーンによる契約管理
3.業界標準の確立
外国人入居者対応レベルの認証制度
家賃保証会社向けガイドライン
研修制度の整備
これらの取り組みにより、より包括的で持続可能な賃貸住宅市場の実現が期待されます。家賃保証会社には、単なる保証機能を超えた、多文化共生社会を支える重要な役割が求められているのです。
(家賃保証ラボ代表:小林)